--/--/-- --:--

スポンサーサイト

    
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
2005/03/04 00:00

ミエロ検査日

    
2005年3月4日 入院2日目

ミエロ検査の日。実際に執刀する医大の先生に早く見せるため、
ということもあって即検査に入る。
朝6時から絶食(前日夕食から何も食べていないので20時間の
絶食x。x) 9時からは絶飲。水も飲めなくなる。

0800 水の点滴を大量に入れはじめる。
ミエロというのは背骨の中の脊髄液の中に直接造影剤を注入して
レントゲンを撮る、というもの。
背骨に針?手術を前にショッキングな話。実際は背骨の間に針を
さしこみ直接隋液まで達するいうもので神経に触るわけではなく、
感覚的には普通の注射と同じくらいの痛みですよ、との事。
でもやはり場所が場所なだけに怖さ満点。。

下着一枚になり、固い寝台(CT撮影台ベッド)に左側を下に、丸く
えびのようになって背骨の隙間を大きく開ける形にして針を注入。
およそ30秒程度。造影剤を入れて針が抜けると早速レントゲン撮影。
ベッドは各度を替えて上に下に振られて最後は脊椎の方に造影剤
がまわるように頭が下になる。
針が入った瞬間の痛みはほとんどなし。すでに皮膚感覚が麻痺して
いたのも幸いしたのだろう。一番痛いところを免れたようだ。

ミエロ後はしばらく頭痛が続くということで、検査後は絶対安静。
激しい痛みを伴う人もいるようだが、私の場合は当日の夜中、目が
覚めたときに体全体の硬直感と重たい頭痛を感じただけで、翌朝も
苦しい程ではなかった。
レントゲンの後、1時間半をおいてCT撮影へ。これは寝ているだけで
終わる。全てが終わったのは14時半頃であった。

1500 装具の試着。恐ろしく苦しい・圧迫感。「拘束具」だから仕方ない
のだが…手術の苦しみよりもこれを装着してのその後の生活を憂う。。。

1600 食事
点滴を続ける。水と、ステロイド剤とにかく多め。造影剤を尿として
流し出すため。

1800 食事
お腹が空いていて食べる食べる。


タグ : 椎間板 ヘルニア ミエロ検査 痛み

2005/03/05 00:00

入院3日目

    
2005年3月5日 入院3日目
 
点滴。メチコバール・ガスター他、痛み止め系の薬

実に1週間ぶりのお風呂にはいる。
自分で自分が臭くてかなわなかったのでありがたい。
右手がほとんど言うことをきかないが、なんとかなりそうだったので
看護婦さんの介助なしで乗り切る。

※病院でのお風呂→「コラム」参照

タグ : 椎間板 ヘルニア 入院

2005/03/06 00:00

入院4日目

    
2005年3月6日 入院4日目

点滴。
今日で術前の点滴は終わりらしい。
まだ歩けるうちは歩く。トイレも昼間は徒歩で行く事に。
売店へ行きたいが休み。

歯磨きをベッドの上で初体験。
ちゃんとタオルと水、受け皿を毎日2回用意があるのだが
その限られた水の量でいかに歯を磨いて、口をゆすぎ、歯ブラシをゆすぐか。。

術後の寝返り用のまくらを看護婦さんがウレタンで手作りしてくれた。
肩の高さを合わせ、寝返りのシミュレーションもしてみる。


タグ : 頚椎 椎間板 ヘルニア 入院

2005/03/07 00:00

入院5日目

    
2005年3月7日 入院5日目

右手が少し使える。勝手に伸張する反応も少し減っている。
薬のせいだろうとの回診の先生の話。
背中の痛みはなくならずボルタレンをはる。

いい天気。今日明日くらい一度は外にでておかないと後悔しそうだ。

麻酔のためのレントゲン撮影
入院時に行うものがもれていたようだ。

首から肩にかけての痛みが強くなり(薬を飲んでいないため)
ボルタレン湿布だけでは耐えられなくなった。
入院前に服用していたロキソニンとムコスタ錠をもらう。


非常に不安な夜。
夢を見る。トンネルの夢。
目が覚めて息子の顔がよぎる。
明日が手術前日、という事実。
この姿での時間がいとおしい

タグ : 椎間板 ヘルニア 入院

2005/03/08 00:00

入院6日目

    
2005年3月8日 入院6日目

ここ数日はいい天気。窓の外が気持ちよさそう。
しかし意外と寒かったり、今日あたりは花粉が大変そう。
でも、このまま家に帰れるのなら本当に帰りたい。
朝、起床時にずっと仰向けになってみるが、同じ姿勢は10分と
続けてられない。。それを数日。。まだ想像すらつかない。
絶対横臥安静…覚悟もなにも出来ていない。

少ししびれがひどくなってきた。
咳をする度に神経が傷ついているような感覚。

1500 手術説明。(妻、両親が同席)

前方固定術である事。
医大の先生の執刀である事。
デメリットの説明。
手術承諾書の提出。
その他の承諾書(輸血等)の提出。
問題の大きなヘルニアの下にあるものも取るかどうかは術中に
判断する、という事。
この手術は脊椎神経を圧迫するヘルニアを取って開放する手術
であって今現在ある痺れや麻痺を完全に取り除く手術ではない事。
痺れは確実に残るであろうという事。
今までの圧迫による神経の損害については回復できないものも
あるという事。
残った神経機能がどこまで回復、元気になるかは今後の経過を
見ないとわからない。6ヶ月を経過して戻らないものはあきらめる。
ただしいずれ老化によって機能そのものが低下する事も考慮する事。



私が入院する1週間前に手術を終えた、同室の向かいのベッドの
Mさん(男性・同年齢・腰のヘルニア)にそれとなく励まされている。
夜、話をしていると可笑しすぎて、笑いすぎて、右手と首がしんどいが
暗い気分は一遍に吹っ飛んだ。
彼もまた、手術日前夜は不安で一言も口をきかなかったそうなのだが。。
手術後、もう一度、ちゃんとお礼を言いたい。

タグ : 椎間板 ヘルニア 入院

2005/03/09 00:00

入院7日目

    
2005年3月9日 入院7日目

1000 麻酔科術前説明。
まだ前日という感じがしない。
明日のある時間から「不自由」になることの意味を
もう少し考えてみるが、痛みによる怖さとの比較ばかり
であまり良くわからない。
すぐ思考停止してしまう。

いい天気。
外を見ると芝生に小さな花。
「休み」の間、息子との時間を貪っていた理由が今わかった感じ。
しょうもない小さな花を一緒につまめる、『時間のある幸せ』
を感じながら『当たり前の幸せ』を感じていた。

「やりたいことはやった」

胸の所でだきしめる、というのがしばらくできないので、
来てくれた妻と子供達を力ない腕でつつんでみる。

握力右9kg 左19kg

病棟には当然ながらご年配の方、もっと症状が重く、介護が
必要な方等がたくさん居らっしゃるので、看護婦さんも常に
「走り」ながら、様々なお世話をされている。
しかしやはり時間的にも『限界』がある。

「本当に動けない」時にちゃんと対応してくれるのだろうか。

今、寝返りを打ちたいのにお願いしてから15分後の2度目
のコールでやっと。。なんてなると気が狂いそう。。
(※実際は一切そんな事はなく、他の重い方と同じように
「走って」来て下さっていたようだ。。感謝)

手術の前日、何でもかんでも不安になる。。


この夜、非常に怖い夢を見る。人を殺してしまった夢。
人が死ぬ夢というのは良い事の前兆だったか?と思うが。

仰向けに寝ると左手も動かなくなってきた。
右を下に寝ると今度は熟睡。

寝返り出来ないというのは…やはり怖い。


タグ : 椎間板 ヘルニア 入院

2005/03/10 00:00

手術日

    
2005年3月10日 手術日


前日21時より絶食
本日11時より絶飲

お腹が空いた。
精神的に参っているわけではないのかな、と思う。
どこか他人事のような感じ。
咳が出ると怖い。固定された状態で咳しても骨がずれないか、
手術の傷が痛まないか。。

点滴が付けられる、
手術までずっとゆっくりと落とされる。 "ルート確保"のため。

1330 本日2番目に行われる手術を受ける人が部屋を出る。
時間は順調のようだ、
3番目の私も1530より抗生剤の点滴にかえられ、ベッドを移し
かえられる。
パンツ一枚だ、事前にトイレは行っておいたので全て安心。
この移動の前、実は熱が38度にまであがってインフルエンザの
疑いが出る。念の為に検査する。(レントゲン・鼻孔に検査薬の
綿棒が突っ込まれる)

熱はひかないが、インフルエンザは陰性。全体的に体調は良いので
スケジュールを優先して手術は決行されることになった

怖い
怖い
怖い

さっきまで「他人事」だったのが、急に現実味を帯びてきた。
手術室へと向かうベッドを運ぶ看護婦さんにしきりに声をかける。
あくまでも優しい声。
仕事とは言え、その存在として癒しの力を発揮する彼女に心を預ける
だけでも相当に心安らぐ事が出来た。ありがとう。Tさん。

いよいよ手術室の前、扉が何度も開いていく、4つ目の扉が開いた時、
ここが自分の場所だとわかった。
再度ベッドを乗り移って、十字架に張りつけられた格好となり、
左手より点滴にて麻酔が開始される。口にマスクをかぶせられると
思っていたので、思いがけなくもうそこから意識が全くない。





1930頃終了

看護婦詰所横の部屋に移されてから(あるいは移される途中で)覚醒。

首の手術傷口が痛い。腰はまだ麻酔下なのか、あまり痛みを感じない。
家族がそばにいるのがわかる。が、まだ目は開かない。酸素マスクが
されたまま。

右手を動かすと明らかに指が一本ずつ独立して動く。
もう回復しているようだ。

2100消灯
恐ろしく長い時間。一度、寝落ちて首がびくっと反応してビックリ。
首の骨がずれていないか恐怖。。

痛み止めの点滴をしてもらう

少し寝た気がするが、時刻を聞いてみると23時。朝はまだ。
酸素吸入をはずす。
水をすこし口にふくんでもらう、
痛み止めの点滴の追加をお願いするが、点滴は6時間をあけないと
ダメとの事で、少し迷う。あとは痛み止めの方法としては座薬か
筋肉注射との事。
点滴の方が今は楽なので、結局お願いする。

動けない、動かせない。動かす事が怖い。
頭部両サイドにおもりのようなもの(砂袋)で固定されている。
しかしずっと同じ姿勢だと苦しい。
腰から下は動かせそうなのでちょっとずつずらしてみたりする。

両足は常に空気が出し入れする機械が取り付けられていてうっ血を
ふせぐ。
首と腸骨の術傷から血抜きの管が出ている。術後からはそんなに
出血がなく回復が早そうな事を看護婦さん達の話から伺える。

同じ部屋にいるのか、ご婦人がひとり、「痛い痛い」とずっと苦しんで
おられる。
その度に看護婦さんが処置をし、なだめ、慰める。
どんな仕事であれ、楽なものはない、とは思って来たものの、
この仕事は特に何か人間的に何らか「もうひとつ」の要素がないと
絶対勤まらないものだと確信。

とにかく時間が長い。外が白んで来たのかと思い、時間を聞くとまだ4時。
少し眠る。痛みがかなり軽くなったようだ。


タグ : 椎間板 ヘルニア 入院 手術 頚椎

2005/03/11 00:00

術後翌日

    
2005年3月11日 術後翌日

0600起床
朝はパン。まだまだのどを通せる大きさは小さいために看護婦さんに
小さく小さくちぎって少しずつ、時間をかけてふくませてもらう。
術後の不安な長い夜を越えて、なんとも優しい気持ちが伝わって来て
涙が出そうになる。
当人にとっては普通に仕事なのだったかも知れないが、私には、
あたたかさが感じられ、そのひとくちひとくちに毎に元気が戻ってくる
ようだった。
結局パン2本、牛乳を食べた。
時間をかけてゆっくりとやさしい声をかけながら力づけてくれた
看護婦のNさんに感謝の気持ちでいっぱい。会うたびに合掌。

0800
痛みの「質」が変わってくる。腸骨の方が痛くなってくる。鈍痛の様。

1000 回診
ガーゼ取り・消毒。
清拭・着替え・下もあらう(尿管がついているため少し痛い)

1100 詰所横の部屋よりいつもの部屋へ移動。

取った「ヘルニア」を見せてもらう。

8
9

 
なんとも結晶のような、キラキラとしていて、それでもやはり
ナマナマしく変な気持ち。。
ベッド横のテーブルに置いておくと、みんなして「ジャム」だとか
食べ物のように見えたようで反応が可笑しかった。


タグ : 頚椎 椎間板 ヘルニア 入院 手術

2005/03/12 00:00

術後3日目

    
2005年3月12日 術後3日目

装具をつけてベッドを少し上げる。
食事も寝た状態に近い形で摂るのでヨメさんに助けてもらう。
装具により口が思うように開かず、(口を開けると胸が締め付けられる)
ごはんも、大きな塊のものも口に入りづらいので、おかゆにしてもらう。


タグ : 頚椎 椎間板 ヘルニア 手術 入院

2005/03/13 00:00

術後4日目

    
2005年3月13日 術後4日目

ベッドは90度へ。
本来1週間はベッドを起こすことは出来ないと言われていただけに
ビックリするやら、うれしいやら、怖いやら。。
ほとんど座った状態であれば食事もほとんど普通にできる。

依然、装具をつけての就寝は、装具の後頭部のパーツが痛くて
たまらず、外してもらって寝る。装具なしでももともと後頭部の形が
「そうなっている」のか、一点が痛いので、すぐ寝返りをお願いする。

タグ : 頚椎 椎間板 ヘルニア 入院 手術

| ホーム |


PREV PAGE«  BLOG TOP  »NEXT PAGE

contents

coments

trackbacks

RSSlinks

google

google more


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。