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2005/03/10 00:00

手術日

    
2005年3月10日 手術日


前日21時より絶食
本日11時より絶飲

お腹が空いた。
精神的に参っているわけではないのかな、と思う。
どこか他人事のような感じ。
咳が出ると怖い。固定された状態で咳しても骨がずれないか、
手術の傷が痛まないか。。

点滴が付けられる、
手術までずっとゆっくりと落とされる。 "ルート確保"のため。

1330 本日2番目に行われる手術を受ける人が部屋を出る。
時間は順調のようだ、
3番目の私も1530より抗生剤の点滴にかえられ、ベッドを移し
かえられる。
パンツ一枚だ、事前にトイレは行っておいたので全て安心。
この移動の前、実は熱が38度にまであがってインフルエンザの
疑いが出る。念の為に検査する。(レントゲン・鼻孔に検査薬の
綿棒が突っ込まれる)

熱はひかないが、インフルエンザは陰性。全体的に体調は良いので
スケジュールを優先して手術は決行されることになった

怖い
怖い
怖い

さっきまで「他人事」だったのが、急に現実味を帯びてきた。
手術室へと向かうベッドを運ぶ看護婦さんにしきりに声をかける。
あくまでも優しい声。
仕事とは言え、その存在として癒しの力を発揮する彼女に心を預ける
だけでも相当に心安らぐ事が出来た。ありがとう。Tさん。

いよいよ手術室の前、扉が何度も開いていく、4つ目の扉が開いた時、
ここが自分の場所だとわかった。
再度ベッドを乗り移って、十字架に張りつけられた格好となり、
左手より点滴にて麻酔が開始される。口にマスクをかぶせられると
思っていたので、思いがけなくもうそこから意識が全くない。





1930頃終了

看護婦詰所横の部屋に移されてから(あるいは移される途中で)覚醒。

首の手術傷口が痛い。腰はまだ麻酔下なのか、あまり痛みを感じない。
家族がそばにいるのがわかる。が、まだ目は開かない。酸素マスクが
されたまま。

右手を動かすと明らかに指が一本ずつ独立して動く。
もう回復しているようだ。

2100消灯
恐ろしく長い時間。一度、寝落ちて首がびくっと反応してビックリ。
首の骨がずれていないか恐怖。。

痛み止めの点滴をしてもらう

少し寝た気がするが、時刻を聞いてみると23時。朝はまだ。
酸素吸入をはずす。
水をすこし口にふくんでもらう、
痛み止めの点滴の追加をお願いするが、点滴は6時間をあけないと
ダメとの事で、少し迷う。あとは痛み止めの方法としては座薬か
筋肉注射との事。
点滴の方が今は楽なので、結局お願いする。

動けない、動かせない。動かす事が怖い。
頭部両サイドにおもりのようなもの(砂袋)で固定されている。
しかしずっと同じ姿勢だと苦しい。
腰から下は動かせそうなのでちょっとずつずらしてみたりする。

両足は常に空気が出し入れする機械が取り付けられていてうっ血を
ふせぐ。
首と腸骨の術傷から血抜きの管が出ている。術後からはそんなに
出血がなく回復が早そうな事を看護婦さん達の話から伺える。

同じ部屋にいるのか、ご婦人がひとり、「痛い痛い」とずっと苦しんで
おられる。
その度に看護婦さんが処置をし、なだめ、慰める。
どんな仕事であれ、楽なものはない、とは思って来たものの、
この仕事は特に何か人間的に何らか「もうひとつ」の要素がないと
絶対勤まらないものだと確信。

とにかく時間が長い。外が白んで来たのかと思い、時間を聞くとまだ4時。
少し眠る。痛みがかなり軽くなったようだ。


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タグ : 椎間板 ヘルニア 入院 手術 頚椎

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