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2000/01/01 00:00

はじめに

    
当初「闘病記」というタイトルで書き始めたこの手記。
もうほとんど「メモ」に近いこと、また、もっと苦しい
思いを乗り越えてさらにまだ頑張っておられる方々から
すると決して「闘病」と言える代物ではないかも知れない…
なので私の場合は控えめに『メモ』とタイトルすることにしました。

しかしながら生まれてこの方、幸いにも大きな怪我もなく、
親にもらった体そのままにこの年齢(38歳)まで生きて
来れた事。その幸運に感謝をしつつも、今回初めて「手術」
というものを経験するにあたって、人一倍臆病な性格が輪
をかけるようにして、未経験であるが故への不安感が大きく、
これまでの人生で既に数多く経験した重大な決断や、苦悩
仕事上の大きな失敗や死ぬような思いは、人並みに経験して
きたつもりなのだけど、それを超越する恐怖感。。
まるっきり「子供」でした。

でも手術を初経験する人って「ほとんど」とは言わなくても
こういう気持ちになってしまうんじゃないかな…

私はこの症状になり、いよいよ軽い考えではいられない事に
気付いた瞬間から、藁をもすがる思いで必死にいろんな情報を、
ネット、知人その他をあたりました。
そしてついには同じような症状、またはそれに近い状態の方が
残している記録や闘病記などのHPに辿り着き、貪るように
それらを読み、時にはメールで思いっきり弱音を吐かせて頂いたり
しながら、次第に心強さを覚え、恐怖感ばかりの気持ち
からいくらか開放されました。

次第に進んでいく病状。早急になんとか手を打たないと、
という焦り。しかし本当に治るのか、それ以前に乗り越える
べき壁や山の大きさと抜けるべきトンネルの暗さにおびえる
意外に弱く脆い意志の自分。。。

そんな状況におかれてしまった方々への、
明日への自信と勇気と、少なからず「心のやすらぎ」に貢献
できるのであればとの願いからこのメモをのこします。

2005年3月 masay

※ブログ版移植にあたり、随時修正・加筆しております。
ご了承下さい。 2008年10月 masay




※ご注意下さい※
あくまでも私の経験・体験した事を記したメモです。
行われる処置、方法、院内での生活等はそれぞれの病院によって
または症状によって違ったものになります事を予めご了承下さい。
それぞれの症例に応じた適切な診断については必ず個人の
責任におかれまして専門医の診察に従って頂きます様お願い致します。


webmaster(管理人) masay へのメールは
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タグ : 頚椎 椎間板 ヘルニア 手術 入院 闘病記

2005/01/29 00:00

ある日突然痛み出した首

    
2005年1月

「肩こり症」ではない私にとって、その痛みはよくわからず、
首から右肩、が痛くなり始めた当初は特に重く考える事もなく
湿布薬もなしにて、いつかは自然に消えるだろうと思っていた
のが、次第に上腕そして右手指先(中指が特に)に続く線が痛く、
なり始め、日に日に寝るにも苦しくなるほどの「激痛」になる
にあたって湿布薬から試し始めることにし、そしてかねてから
気になっていた体の歪みからくるものと思い、2005年1月中ごろ
より鍼治療を始め、軽いカイロもお願いしつつ2週間が経つ。

ところが一向に改善しない痛み。治るどころか右手はついに
痺れだし、寝る時もどんな体勢をとっても痛く、痛み疲れて
やっと寝る、また痛みで起きてしまう、そんな毎日となる。

タグ : 肩こり 鍼治療

2005/01/30 00:00

病院へ

    
2005年1月30日

鍼で一切の効果が見られず、ネットで調べてみる。
自分の症状をキーワードにしてからたどり着いた言葉『ヘルニア』。

家族で行きつけの病院があった。そこはいわゆる県立で、当然
地域では最大級の総合病院を訪れる。
整形外科外来で簡単な診断で頚椎の椎間板ヘルニアの恐れが
あるとの話。。やはり。。。
早速MRI検査の予定を入れてもらう。

タグ : 椎間板 ヘルニア

2005/02/01 00:00

MRI検査

    
2005年2月1日 MRI検査
翌2日  結果診断

現状として生活上に不便が出ていないので「牽引」をメインと
したリハビリでしばらく様子を見る事となる。
まだ、痺れがひどくなったり、ヘルニアそのものが悪化した為
に中枢の神経が侵されるようになったらもう一度来院下さい、
その程度の症状であった。
リハビリについては自宅近くの医院の整形外科でも行っている
所があるとの事、紹介状を書いて頂いてそちらで行う事とする。

※痛み止めの薬について
私のこのケースにおいてはこれらの薬が処方された

・ロキソニン錠(消炎・鎮痛)
・ミオナール錠(筋肉の緊張を緩める)
・ムコスタ錠(胃薬)
・バンコミン錠 (抹消神経障害改善)

タグ : 椎間板 ヘルニア

2005/02/10 00:00

リハビリ期

    
2005年2月上旬より約ひと月間

牽引を午前中の時間帯にほぼ毎日、温熱療法を併用。
病院での滞在時間そのものは待ち時間にもよるがほとんど30分以内。
気分的なものが大きいのか多少は楽になるのだが、症状として
一行に改善の方向に向かっているようではなかった。
寝る時が一番の地獄の時間。
しかし、処方されたロキソニンが体にあったのか痛み止めとして
充分機能し、寝る時の痛みは相当に楽になった。
しかしもともと寝相の悪い私は起床時の格好によっては痺れが
ひどすぎて起きるのに一苦労する。

薬でほとんど痛みをコントロール出来ていた時代。
基本的に食事後の服用とのことなのだが、痛みが少ないときは
控えめにして、むしろ寝る直前に服用して起床時の痛みを軽減
する、そんな風に使っていた。

この時期、ほとんどが在宅の状態だったため、なるべく体を動かす
ように息子を連れて午前中は外をよく歩き、その際になるべく姿勢を
正しく、体をほぐすように運動していた。

タグ : 椎間板 ヘルニア

2005/02/15 00:00

くしゃみ・咳が怖い

    
痛みのコントロール。。薬に慣れてきたのか、悪化したのかは
わからない。2月中ごろから痛みが戻り始める。
特に怖かったのが「くしゃみ」。私のくしゃみは家族がびっくり
するくらいの大きな大げさなくしゃみで体全身でくしゃみする。
何気ないそのいつものくしゃみで全身に大電流が流れた。
腰が砕けるようなその感覚が忘れられず、この日以降、くしゃみ
は無理やり抑えるようになる。
次に咳が出始めた。咳は抑えきれない。咳をする度に首に負担が
かかってはみ出ているヘルニアがさらに外に出てきてしまう、と
いうイメージが頭をよぎって仕方がない。

よりによってインフルエンザが流行り始めて子供達も風邪気味だ。

タグ : 椎間板 ヘルニア

2005/02/20 00:00

右手と足が…

    
2月最終週あたりから、胡坐の姿勢から立ち上がるのが苦労に
なってきた。筋力がなくなったかのよう。
咳が出るたびに右手全体が痺れ一瞬モノがにぎれなくなる。
寝室のある2階から1階にあるトイレまで降りるのに手すりが
ないと降りにくい。
朝の息子との散歩も右足を少し引きずるようになる。
どうも「走る」事ができなくなっているようだ。

タグ : 椎間板 ヘルニア

2005/02/28 00:00

歩行困難と右手の麻痺

    
2005年2月28日

右手で財布の中の小銭が出せない。走り出す息子を
追いかけられない。文字が書けない。。。
幸いPCのキーボードは一本指でも打てるため治療の様々な可能性
と病院の研究を始める。同じような症例、同様の手術の例、専門医、
闘病記、費用。。

しかし今更な遅すぎる調査。。
藁にもすがる気持ち。
何とかして自分を慰めたい。

タグ : 椎間板 ヘルニア

2005/03/02 00:00

入院・手術の勧め

    
2005年3月2日

生活に支障が出始めた以上、怖かろうが何だろうが病院へ。


前回診てもらった医師による再診。
前回の診断から症状が大きく進んでおり、状況が全く変わっている。

・右手の運動障害
・歩行困難
・反射の異常
・上体から下肢にかけての麻痺症状

即日の入院を勧められる。(ちょうどベッドの用意がすぐ出来る状態であった)
MRI検査も予約を必要とせず優先的に撮影の手続きが取られる。
家族を交えての話が必要との事(入院と手術に関して)至急の連絡を。
車運転の禁止(追突されたら首から下の完全麻痺も覚悟せよ)
手術への覚悟をしなさい。

軒並みいきなりいろんな事を言われ、今後の事や、今現在
抱えている問題、家族の事、何もかもが手術への恐怖なんだか
とないまぜになって頭が混乱する。

「今日入院するか?」

の問いに一日一晩待って欲しい事を告げ、MRIの結果をあわせて
改めての診察をお願いする。
これも今回の主治医となる医師が特別に時間を早朝に割いて下さった。


まずは妻へ連絡。入院の必要性を知らせる。

セカンドオピニオンを取りたい

残る時間はこの日の午後のみ。

入院してから他病院をあたるという手もあろうか。。

この時点で一番心配だった事は、この病院でのこの症例、手術例
患者の取り扱いの多さ、要は経験度数が高い、本当に信頼できる
ものなのか。。。
そして、もっと軽い手術で済むはずのものなら、日本全国
どこへでも行って本当に納得して手術を受けたい。。

手術はしなくてはならないのは間違いない。
しかしこの恐怖感をとにかく取り除くことができる材料が少し
でも多く欲しかった。。

ところがもう既に体のいろんな機能が急激に落ち始めて、動く
意思さえそがれ始め、その日、2日深夜。ほぼ心は確定していた。
じっくり相談しよう。わからないことは全て聞いて、不安と恐怖
を取り除いてもらおう。。

そんな気持ちにまで落ち着く事ができたのは数多くの「闘病記」
に出逢ったからであった。

タグ : 椎間板 ヘルニア 入院 手術 闘病記

2005/03/03 00:00

入院の決定

    
2005年3月3日 入院1日目

朝8時半からの特別に時間を割いていただいての診察。

MR画像にもはっきりと神経中枢を圧迫するヘルニアが見える

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第5・6番椎間板のヘルニア

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圧迫により神経束が白濁しているのが確認できる。
ここまでになると相当に切迫した状態との事。

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簡易のカラーを即購入(5000円)装着。

初めて乗る車椅子でさっそく検査回り(検尿・血液・心電図・肺活量・
レントゲン)術後装具のサイズ計り 装具は9万円の胴当付きを発注。
※装具は保険適用対象

1100 病棟へ。これからお世話になる病室。
同室は必ずしも同じ症状の方ばかりではなく、整形外科で扱う症状様々、
6人部屋に5人。なんとも久しぶりに感じる団体生活である。
しかし4人までが術後、一人の方がその日手術日ということで、いわゆる
「手術の先輩方」ばかりの部屋であった。この事がその後の入院生活上
非常に心強いものとなった。

1200 昼食 質素だが量は十分(質素なのは病院だから当然なのだが
量的には私にとっては多めで、多少太りそうな予感がした位)。

初めてしびんで小用。日常生活全てがこのベッドの上、

1500 ステロイド点滴約2時間

点滴も慣れたものではないので針はやっぱりこわい。
何度も針をさすわけにはいかないので点滴が終わっても針は抜かない。
これがまた非常に気持ち悪い。。しかし数時間もすれば慣れてしまう。
時として存在を忘れるくらいで、痛いわけではないが、ちくっとする感覚が
時々あったり、寝るときに非常に気にはなるが、慣れてしまえば勝ち。

タグ : 入院 椎間板 ヘルニア 痛み

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